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消防士から生まれた救急救命士制度



救急医療の要となる「命」を救う最前線で活躍する一員として、脚光を浴びる救急救命士。世の中でどのように受け入れられたのか。その過程を振り返りながら、大切な役割をあらためて検証します。

救急隊員の登場

救急隊員の登場

昭和38年、消防で救急業務を扱うことを定めた法律が制定されました。しかし、当初与えられた任務は、傷病者を医療施設に搬送することだけでした。

それから数年後、昭和42年に大阪大学医学部附属病院で画期的な部門が誕生して世の中の注目を集めました。その名は「特殊救急部」。わが国で初めて設立された、救急搬送される重症患者を治療できる救急センターです。

大きな特徴は、治療するための大型高気圧手術室や集中監視装置付きの病室、最新の人工呼吸器など、当時としては珍しい医療機器が装備されていました。その成果はめざましく、それまではせっかく救急搬送されてきても助からなかったような患者を救うことができました。さらに、他の救急病院からの救急患者を受け入れることもしました。救急の治療に対応するため、特殊救急部にはすぐれた技術を持つ医師が集められたのです。

このような医療現場の動きは、救急の患者を症状の度合いで判断して、的確な治療をするためのシステムを生み出すきっかけになりました。その結果、重症の患者と軽症の患者が振り分けられ、医療現場の関係者にも救急とはどういうものかという、正しい認識が定着していったのです。

一方、消防でも救急に対するさまざまな検討が行なわれ、昭和53年には初めての救急隊員が誕生しました。隊員は、消防士の中から選ばれた人がなりました。心肺停止に対する処置や出血、傷の応急手当など、医学的な対応ができるように訓練を受けたのち、資格を取得して正式に救助活動についたのです。

救急搬送のスペシャリスト

しかし、救急車内で行なわれていた当時の応急処置のレベルは、欧米先進国の救急搬送の現状と比べてかなり低いものでした。そんなとき、ある事件が起きました。強盗を捕らえようとした学生が負傷して救急車で搬送されたのですが、たらい回しに遭って死亡したのです。事件が報じられると、世の中の反響は大きく、救急医療体制が大きく見直されるきっかけになりました。

こうして、平成3年に救急救命士制度が生まれました。救急救命士は、厚生労働大臣の免許を受けて、医師の具体的な指示のもとで搬送中の傷病者に救急救命処置をできます。そのため、即座の判断力と決断力、そして高度な応急処置の知識と技術を備えた救急のスペシャリストなのです。

救急救命士の登場で、救急医療の現場における消防の果たす役割はいよいよ高まり、責任も重大になりました。その一方で、救われる命を確実に救うことができることへの期待は大きく、隊員は日夜奮闘しているのです。