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ジェーン台風(昭和25年)



戦後からの復興を目指す1950年(昭和25年)に日本列島を大規模な台風が襲い、多くの被害を及ぼしました。当時はアメリカの占領下にあったためアメリカ式に「ジェーン台風」と呼ばれたこの台風は、どのようなものだったのでしょうか。

戦後の四国地方と近畿地方を襲った大型台風

戦後の四国地方と近畿地方を襲った大型台風

室戸台風とほぼ同様のルートで日本列島を襲ったジェーン台風は、最低気圧940ヘクトパスカル、最大風速50m/s(米軍の解析では100knot≒約51.4m/s)を記録した大型台風です。

災害の発端

災害の発端

日本の南方、太平洋上の硫黄等周辺で発生したジェーン台風は、勢力を増しながら四国方面を目指します。1950年(昭和25年)は気象条件の関係からか高緯度での台風発生が多い年だったとされています。

やがて台風は徳島県日和佐町(現在の美波町)付近に上陸し、北東に進路を変えて淡路島、神戸を経て若狭湾から日本海へ進み、北海道へ再上陸しました。

被害の規模

被害の規模

ジェーン台風による死者数は日本全体で398人、行方不明者は141人、負傷者数は約26,000人を記録しています。

ジェーン台風の特徴は強風でした。台風ではありましたが、それ程強い雨は伴っておらず、反面強い風が人々を襲っています。強い風により家屋の倒壊などがある一方で、吹き寄せ効果により強い高潮被害に遭ったのは、主に大阪湾周辺と北陸沿岸でした。大阪湾では満潮時よりも海面が約2.1m高くなり、海水の流入による地盤沈下も伴って多くの家屋が浸水してしまいます。住居の全壊は約19,000戸、半壊は100,000戸超、そして床上・床下浸水は400,000戸にも及んでいます。

また、大阪湾に停めてあった船舶への被害は甚大だったと伝えられています。

被害が大きくなった原因

被害が大きくなった原因

ジェーン台風で被災した地域を、1934年(昭和9年)に襲った室戸台風は極めて強力な異常とも言える規模の台風でした。それと比較すればジェーン台風の勢力は弱く見えますが、それでも人々の生活を脅かすには十分過ぎる規模を持っていました。長い時間吹き続けた暴風は大阪湾を中心に大きな吹き寄せ効果を発生してしまい、高潮が周辺の人々を襲っています。

総括とその後の対策

総括とその後の対策

強い勢力を持った台風が襲来したことが被災の主な原因ですが、戦後復興の最中にあったと言うこともジェーン台風による被害を抑えきれなかった原因のひとつだと考えられます。生活を立て直すことが最優先であり、防災にまで行き届かなかった点では不幸な時代だったと言えます。

ジェーン台風では、強い風が特に大きな被害を生み出しました。強い風により発生した吹き寄せ効果は大阪湾に集中し、周辺に暮らす人々の生命と財産を脅かしました。大阪湾が高潮被害を受けやすい地形であるということと、それを踏まえた対策が行き届いていなかった点が悔やまれます。

なお、1961年(昭和36年)に発生し同地域を襲った第2室戸台風では、強風により大阪湾周辺に高潮こそ押し寄せましたが、高潮による人的被害そのものはゼロにすることに成功しています。この2年前に発生した伊勢湾台風の教訓を活かした防災体制が確立したことによる成果だとされています。