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伊勢湾台風(昭和34年)



日本の観測史上、最大の悲劇を生んだ台風災害が伊勢湾台風です。この台風は「昭和の三大台風」のひとつに数えられ、1995年(平成7年)に阪神淡路大震災が発生するまで「戦後最大の被害を生んだ自然災害」として知られていました。この台風では、豪雨や強風による被害の他、大規模な高潮が多くの人命を奪っています。

史上最強の大型台風

史上最強の大型台風

紀伊半島及び東海地方を中心に、九州以南を除く日本全域を襲った伊勢湾台風は、最低気圧895ヘクトパスカル、最大風速75m/s(米軍の解析では165knot≒約84.9m/s)を記録した超大型台風です。

災害の発端

災害の発端

中部太平洋のマーシャル諸島にある環礁付近で9月20日に発生した熱帯低気圧は、当初1,008ヘクトパスカル(当時はミリバールを用いていた)という比較的弱い規模のものでした。熱帯低気圧は、西から北西へ進路を進むうちにやがて勢力を強めていき、21日には1,002ヘクトパスカルになり(この時点で台風15号として認識)、22日には970ヘクトパスカルにまで急速に成長し、23日は894ヘクトパスカルにまで勢力を強め、徐々に日本へ接近してきました。

勢力が強いまま日本に上陸した台風15号は紀伊半島を縦断し、中央高地を経て日本海へ抜けたあと、東北地方に再上陸して北海道の東で温帯低気圧に変わりやがて消滅しています。

被害の規模

被害の規模

台風15号は、伊勢湾周辺で極めて大規模な高潮被害があったことから、気象庁により「伊勢湾台風」と命名されました。

死傷者数は過去最大となり、死者数4,697人、行方不明者数401人、負傷者数は約39,000人を記録しています。家屋倒壊なども含めた被災者数全体では、全体で約153万にも及んだとされています。

名古屋港で記録された海水位は平均海面上3.89mにもなり、観測史上の最高水位になっています。

被害が大きくなった原因

被害が大きくなった原因

台風による暴風と豪雨が人々を襲ったのはもちろんのこと、特に大きな被害を生み出した要因は高潮でした。南方向から吹き寄せた暴風は大きな吹き寄せ効果を生み、熊野灘、伊勢湾、三河湾に大量の海水を集めてしまいます。非常に強い風を伴った台風が、人間にとって好ましくないコースを通過したことにより大規模な高潮を発生したことが、史上最悪の被害を生んでしまいました。和歌山県南部から愛知県の広域に渡って高潮による大規模な浸水が発生し、被災から約1ヵ月間も水が引かなかった地域があると記録されています。

また、当時は急速な工業化により地下水の汲み上げが行なわれており、全体的に地盤沈下になっていた点も被害に拍車をかけました。さらには、名古屋港にあった貯木場も被害を拡大する要因になっています。20万tもの木材が貯木場から流出し、それらが高潮に乗って多くの住居を襲っています。

なお、当時の気象台では台風15号の接近を警戒し、十分な周知と警戒を呼びかけていましたが、それでも史上最悪となる被害が発生してしまいました。ただし、警報で呼びかけていた波高を超える波が襲来するなど、警報の程度が甘かった点は否めません。

総括とその後の対策

総括とその後の対策

いまだ史上最強として記録に残る伊勢湾台風は、その後日本の防災体制に大きな影響をもたらしました。現在ある「災害対策基本法」は、伊勢湾台風を教訓とした防災対策です。伊勢湾台風と同程度の台風が発生した場合にも、被害を抑えることができるか否かがひとつの指針となり、以後の防災計画が進められるようになり、以降は防潮堤や堤防が設置されていきます。

それ以降、伊勢湾台風程の勢力を持った台風は発生していませんが、自然現象である以上、今後伊勢湾台風以上の台風が日本を襲う可能性は、ゼロではありません。