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枕崎台風(昭和20年)



伊勢湾台風、室戸台風と並んで「昭和の三大台風」のひとつに数えられる枕崎台風は、1945年(昭和20年)9月に日本を襲った台風です。この終戦後すぐに襲来した台風では、どのような被害があったのでしょうか。

広島の惨禍に追い打ちをかけた大型台風

広島の惨禍に追い打ちをかけた大型台風

現在の鹿児島県枕崎市付近に上陸した枕崎台風は、その後日本を縦断し全国にその被害を発生させました。記録されている最低気圧は910ヘクトパスカル、最大瞬間風速75.5m/sです。なお、当時沖縄に駐留していた病院船リボーズ号では台風の眼に入った際に最低気圧856ヘクトパスカル、風速150knot(約77.2m/s)を観測したとされています。

災害の発端

災害の発端

1945年(昭和20年)9月11日頃にマリアナ諸島付近で発生した台風は、9月17日に九州南部に上陸しました。台風はその後に豊後水道、周防灘を経て瀬戸内海に侵入して広島県に再上陸、やがて兵庫県の豊岡市付近から日本海に出て東に進路を取り、東北地方北部に再び上陸し、そのまま東方向へ進んでいます。

被害の規模

被害の規模

台風のルート上で多くの被災者を出した枕崎台風は、最終的に日本全体で死者2,473人、行方不明者1,283人を記録し、負傷者数は2,452人とされています。

台風の種類としては雨よりも風が極端に強い、言わゆる「風台風」と呼ばれる部類に該当し、その風によって強い吹き寄せ効果を生み湾岸部を中心に多くの高潮被害を生み出しました。

また、雨自体はそれ程強くなかったと記録されていますが、戦争による大規模な伐採が影響してか土砂災害が多く発生し、それによっても多くの被害者を生み出してしまっています。

被害が大きくなった原因

被害が大きくなった原因

台風そのものが強かったことが最大の要因ですが、終戦からわずか1ヵ月後だったことも被害に拍車をかけています。現代とは比べものにならない防災体制だったのは当然として、戦後すぐの混乱期であるため観測そのものが不十分であったこと、また台風の接近を呼びかける警報が行き届かなったことも重なりました。

また、重ね重ね不幸だったのは、原爆により大きな被害に遭った広島周辺に台風が上陸したことです。枕崎台風では雨により発生した土石流が病院などの施設を倒壊しており、治療中の患者や医療関係者などが多くの被害を受けています。なお、枕崎台風により被災した死者・行方不明者のうち、2,000人程は広島にいた人々だったと言われています。

総括とその後の対策

総括とその後の対策

戦後すぐという不幸な時代にあって、大自然の容赦無い試練が日本を襲った形が、枕崎台風の悲劇を生み出しました。

混乱期に発生した災害であるため十分な資料も残されていない状態ですが、昭和の時代に発生した台風としては三本の指に入る大規模なものだったとして、後世の防災に大きな影響を残しています。特に戦争資材の必要性から伐採を進めた結果、病院や住居付近など生活環境の近くで土砂崩れが発生しやすくなってしまい、多くの人命を奪ってしまったことは、人々と自然との共存を考える重要な資料として残されています。